2011年02月12日
フォアハンドその2
先日のフォアハンドについていろいろな方から反響があったので今日はパート2を・・・
選手時代、ポルトガル遠征に行きました。
1995年だったと思います。
その当時は今のフューチャーズはなく、サテライトサーキットという大会でした。
ちなみにこの大会は1週間の試合を4週間行い、その総合成績でATPポイントをとるという試合でした。
サーブ&ボレーだった私の得意なコートはハードコート。
でも当時ハードコートの試合というと限られていました。
アメリカの行くか東南アジアか・・・
ヨーロッパはほとんどの試合がクレーコートだったので当然私は見向きもしませんでした。
ではなぜポルトガル?
なぜならば1週目と2週目の二試合がハードコートだったからです。
当時同じNECのチームメイトだった上原真吾君と二人で転戦しました。
当時のランキングをあまり覚えていないのですが、確か私は予選のシードでした。
ハードコートだし予選でシードもついているから大丈夫だろうなんてちょっと軽く考えて試合に臨んだのですが、これが甘かった・・・
対戦した選手のうまいこと・・・
シングルスはスペインやイタリアのバリバリのストローカーに完敗しました。
当時はまだエドバーグ、ベッカー、サンプラスなどのサーブ&ボレーヤーがトップを牽引しており、スペインの選手はまだまだだったのです。
でもこの予選に出ていた若手選手(おそらくジュニア、その中にはモヤやフェレーロ、コレッチャ、コスタらの選手もいたように思います)のフォアハンドがとても強烈でした。
ラケットを立てた大きなテイクバック!
オープン、もしくはセミオープンスタンス!
打点の高いトップスピン!
ぶんぶんラケットを振り回すヨーロッパ選手を真似、ちょっとグリップを厚くしてストロークの練習をしましたが、そんなに急に打ち方を変えても打てるようになるわけはありません。
シングルスはほとんど勝てませんでした・・・
同じスポーツなのにまったく違うスポーツを見た感じがしました。
得意のダブルスでは上位進出し、かなりポイントを獲得できたのですがシングルスは0・・・
ちなみに海外遠征でシングルスのポイントを取れなかったのはこれが初めてだった・・・
そしてそのとき、もう世界で戦っていくのは無理だなと思った瞬間でした・・・
ラケットを立てた大きなテイクバック!
オープン、もしくはセミオープンスタンス!
打点の高いトップスピン!
これって今では当たり前のことなのですが、16年前の私にとってはものすごく強烈でした。
この頃からスペイン勢を中心とするヨーロッパ勢の台頭は始まっていたのですね!
選手時代、ポルトガル遠征に行きました。
1995年だったと思います。
その当時は今のフューチャーズはなく、サテライトサーキットという大会でした。
ちなみにこの大会は1週間の試合を4週間行い、その総合成績でATPポイントをとるという試合でした。
サーブ&ボレーだった私の得意なコートはハードコート。
でも当時ハードコートの試合というと限られていました。
アメリカの行くか東南アジアか・・・
ヨーロッパはほとんどの試合がクレーコートだったので当然私は見向きもしませんでした。
ではなぜポルトガル?
なぜならば1週目と2週目の二試合がハードコートだったからです。
当時同じNECのチームメイトだった上原真吾君と二人で転戦しました。
当時のランキングをあまり覚えていないのですが、確か私は予選のシードでした。
ハードコートだし予選でシードもついているから大丈夫だろうなんてちょっと軽く考えて試合に臨んだのですが、これが甘かった・・・
対戦した選手のうまいこと・・・
シングルスはスペインやイタリアのバリバリのストローカーに完敗しました。
当時はまだエドバーグ、ベッカー、サンプラスなどのサーブ&ボレーヤーがトップを牽引しており、スペインの選手はまだまだだったのです。
でもこの予選に出ていた若手選手(おそらくジュニア、その中にはモヤやフェレーロ、コレッチャ、コスタらの選手もいたように思います)のフォアハンドがとても強烈でした。
ラケットを立てた大きなテイクバック!
オープン、もしくはセミオープンスタンス!
打点の高いトップスピン!
ぶんぶんラケットを振り回すヨーロッパ選手を真似、ちょっとグリップを厚くしてストロークの練習をしましたが、そんなに急に打ち方を変えても打てるようになるわけはありません。
シングルスはほとんど勝てませんでした・・・
同じスポーツなのにまったく違うスポーツを見た感じがしました。
得意のダブルスでは上位進出し、かなりポイントを獲得できたのですがシングルスは0・・・
ちなみに海外遠征でシングルスのポイントを取れなかったのはこれが初めてだった・・・
そしてそのとき、もう世界で戦っていくのは無理だなと思った瞬間でした・・・
ラケットを立てた大きなテイクバック!
オープン、もしくはセミオープンスタンス!
打点の高いトップスピン!
これって今では当たり前のことなのですが、16年前の私にとってはものすごく強烈でした。
この頃からスペイン勢を中心とするヨーロッパ勢の台頭は始まっていたのですね!
テイクバックで面を上向きにというのは
意識したことがなかったので試してみたいと思います
サーブ&ボレー全盛時代と言えば
確かにエドバーグ、シュテイヒなど
フォアで決めるタイプでなかったですね
さらに遡って80年代、グラフが台頭するまでの女子も
ネットプレーヤーが上位を占めてました
ナブラチロワ、マンドリコワ、スコバ、シュライバー、
キルシュ、バンジ、ガリソン等々
ぜひ試してみてくださいね!
ネットプレイヤーが減ったのは残念ですが素晴らしいストローク戦も見ていて楽しいですね。
あと20年後、またテニスがどう進化していくのか、これまた楽しみですね!